HOME > 株式会社アーツ Communication Media Company Page 73

スタッフブログ

今も残る後悔

ブログ当番のタイミングがこの日だったことと、
昨日の当番のひきださんと重なったこともあって、
僕の阪神淡路大震災の事を。

かく言う自分も1月17日が誕生日です。
27年前、大阪北部に住んでいた僕は
外からゴォーという音で先ず起きて、
そこから背中を殴られるような突き上げられる感覚で
完全に目を覚ましました。
当時の事を思うと後悔する事があります。
何も出来なかったし、何もしなかったのです。
当時、毎日に車は大渋滞。
裏道という裏道に車が列をなしていました。

そういう事もあって、行くのは邪魔になるのではないか。
当時は支援という文化も無い時代。
行くのを憚る考えの人も少なからずいて、自分もその1人でした。

今思えば、もっとやれることがあったのに。
そういう後悔があります。
話が少しだけそれますが、
BRAHMANというバンドをやっているアーティストで
TOSHI-LOWという人がいます。

また、令和になる直前に39歳で癌で無くなってしまった
神戸でライブハウスの店長などをしていた
松原裕という人が居ました。
TOSHI-LOWさんは「幡ヶ谷再生大学」というボランティア組織を作り、
災害があれば、直ぐに駆けつけ、他のボランティアがいなくなっても、
地域に根付いて継続的に手伝いをし続ける活動をしています。
松原裕さんは神戸で年にカミング神戸1度無料の音楽フェスをしています。
無料ですが、条件は募金をすること。その募金で、
被災地の支援をしています。

また会場に震災の様子を伝えるコーナーがあったり、
各地の災害や活動を紹介する場面を設けたりして、
キッカケは音楽であっても、少しでも何かを
知って帰ってもらうおうという機会を作っています。
2人の共通点は、どちらも近い世代で、阪神淡路大震災の
当時何も出来なかった後悔があり、それが活動の原動力となっています。

他にもマンウィズアミッションのボーカル東京田中さんも
ボランティア組織を作って、重機を持ち込んで支援するなど、
自分の同世代の人達が支援という道筋を作ってくれています。

自分にはそこまでの事は出来ませんが、自分の出来る範囲で出来ることが
出来ればと思っています。

 

 

 

画像は神戸の音楽フェス。カミング神戸の画像です。
フェス会場には当時の事を紹介するパネルが並んでいます。
当時の写真を見て思う事は
あれだけ強烈なインパクトで見たはずなのに、
忘れている事もある事に写真が気付かせてくれます。
この先の世代に伝える事がいかに大事か、考えさせられます。
↓↓↓
20220118124925
20220118124949
20220118125049
20220118125031
20220118125134

生産部門 太田

日々に感謝して

こんにちは。顧客サポートグループの ひきだです。

先日のトンガ沖での噴火と津波警報、とてもこわかったです。
トンガの皆様がご無事でいらっしゃるよう、心からお祈りしております。

そして今日1月17日は、阪神・淡路大震災があった日。
あれから27年です。

私はその数年前まで神戸在住だったので
神戸や阪神間に住んでいた友人知人も多く
当日翌日には公衆電話で必死でみんなに連絡をとり
無事がわかって神様に感謝したこと
避難所になった学校の体育館に行って
亡くなった知人と会って、本当に悲しかったこと
その後に障害を持った知人たちが大阪に避難してきてしばらく過ごし
私も少し介護手伝いに行ったこと
・・いろんなことが次々とあったのを思い出します。

私にとっても、忘れることができない記憶です。

こうして日常を過ごせているの自体が
どれだけ貴重で幸せなことか と感じます。

1月17日は私の誕生日でもあります。54歳になりました。
いろんな方から支えていただいて
なんとかかんとか無事にここまでやってこれたことにも、感謝です。

先週末は、近所なのにあまり降りたことがなかった駅で途中下車して
買い物がてら少し散歩しました。
(右足の小指を不注意で骨折し養生中なので、少しだけでしたが。)

寒い中なのに、生け垣をふと見たら、しっかり「芽」が出ていて、感動しました。

夕日もきれいでした。


コロナもまだ落ち着きませんが
日々に感謝しながら
元気に過ごしたいと思います。

遊びながら学ぶ

開発部門 原田(航)です

2021年、半分遊び・半分勉強を兼ね、
個人でレンタルサーバーを借りrails環境で
アプリケーションをリリースしてみました。

リリースと言っても何かwebサービスを作った訳ではありません。
rails環境でwebページを表示させただけのことで
ただただ自分の遊び・テスト環境として用意をしてみたかったのです。

サーバー環境の用意 ~ 開発環境(git  + docker)の用意までを自分でやってみたって感じです。

用意されたサーバーを借りること自体は簡単です。
自分で導入してみる経験に意義があると思いました。

railsを動かすためのサーバー選び ~ 導入・構築手順まで自分で調べます。
参考になる記事を見つけて試してはエラーでつまづきます。
実際にwebページが表示された瞬間は感動でした。

本番サイトを用意せずとも開発環境で動かしておけば、
いろんなAPIサービスを試したり、遊びでコードを書いてみたりなどはできるのですが、
物足りない感覚が残ります。
それはやはりテスト環境だと実感がないからでしょうか。

普段の業務ではサーバーや環境構築に携わることはありませんが、
エラーや不具合が起きると何が原因でどうエラーが出ているか理解できないことが多いので、
linuxコマンドの操作なども含めてとても勉強になりました。

業務では直接触らなくても、知っているだけで教えて頂く際に
理解度が深まったりなどメリットが多いと考えます。

同じ知っているでも、経験して知っていると、読み聞きして知っている(だけ)では大きく違うと思うので、24時間の多くのウェイトを占める業務に関係する領域は、なるべく自分で体験してみることを大事にしています = 実際に手を動かしてみる。

プライベートでのruby・railsの学習環境の用意も進めることができたと思うので、今年度はしっかり時間を確保して、自分の学習目標達成に努めたいです。

「1.17」から27年

こんにちは、マーケティング部門の副島です。
今年も、私にとっては忘れることができない「1月17日」が近づいてきました。

27年前の1995(平成7)年1月17日5時46分、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生した時、私は神戸市東灘区の木造アパートの2階で震度7の直撃を受けました。
 
まるでアパート全体がプールかトランポリンに投げ込まれたような激しい揺れが上下にゆっさ、ゆっさと続き、やっと収まったかと思うと、もう一度揺れが・・・。
よく言われる縦揺れとか横揺れとか考える余裕もなく、頭から布団をかぶり、なすすべもなく耐えるしかありませんでした。

当時住んでいたアパート。隣の家にもたれて倒壊せずに済みました。

当時住んでいたアパート。隣の家にもたれて倒壊せずに済みました。※写真は後日撮影


揺れが収まった後、家の外からシューッと水が噴き出すような音や「おーい、おーい」と誰かが叫ぶ声が聞こえてきたため不安な気持ちになり服を着ていると、自治会の方が心配して迎えに来てくれました。

ようやく部屋の外に出ると、隣の一戸建住宅が軒並み傾き、その向こうに見えるはずのない景色が広がっていました。
周辺ではガスの臭いが立ち込めていたため、一旦その場を離れ、6時30分頃、公衆電話から実家の親に無事を知らせた後、自宅前に戻ってくると、近所の崩れた家から老人の男性が助けだされるところでした。

ふすまの上に載せられた男性を近くの医院まで運び込むのを手伝いましたが、既に亡くなられており、駆け付けた息子さんが泣き崩れるのを見て、いたたまれない気持ちになり、その場を去りました。

近所ではあちこちで家が倒壊して道路をふさいでいました。

近所ではあちこちで家が倒壊して道路をふさいでいました。


そこから歩いて5分ぐらいの所にある大きな病院に行ってみると、1階部分がつぶれており、たくさんの入院患者の方が道路などに寝かされていました。その中の一人のおばあさんと「命があるだけでも良かった」などと話をした後、中年の男性が横たわっているのに気づきました。

近寄ってみると、顔から血を流して「体が痛い、痛い」と言っておられました。私はどうしたらいいかわからず、そばに居るだけでしたが、しばらくすると、声が聞こえなくなったので急いで近くにいた医師を呼び、心臓マッサージをしてもらいましたが、その甲斐もなく、息を引き取られました。8時30分頃でした。

あの男性が亡くなられた時の顔、ほっぺたの冷たさは忘れることができません。
どこかで崩れた家に身体をはさまれて、やっと助け出されて病院の前まで運び込まれたのに、家族にも看取られず、亡くなってしまうなんて、悲しすぎます。どんなに悔しかったことでしょうか・・・。 改めて、ご冥福をお祈りします。

駅前の店舗兼住宅の大きなビルも1階がつぶれていました。

駅前の店舗兼住宅の大きなビルも1階がつぶれていました。


その日から3日間は近くにあった教会に泊めてもらい、4日目に大阪市内の勤務先に出社するため自転車で阪急西宮北口駅まで行き、そこから電車で会社に向かいました。
現在のアーツの社長をはじめ、当時所属していた会社の皆さんには、新居が決まるまで交代で家に泊めてもらったり、家探しや物資の支援など大変お世話になりました。感謝の気持ちは今でも忘れていません。

震災から1年ほどの間は、大きな物音におびえたり、夜中に地震のことをいろいろ思い出して眠れないこともありました。
その後も、いろいろと環境が変わっていく中で「自分なんか居なくてもいいんじゃないか」と時々思うこともありました。
でも、あれだけの災害の中で生き残った者の一人として、自分も含めて人の命というものを大切にしていかなければいけないと、毎年1月17日が来るたびに思い起こします。

神戸・三宮の東遊園地にある「一・一七 希望の灯り」。

神戸・三宮の東遊園地にある「一・一七 希望の灯り」。


地震が起きたあの日あの時、自分は呆然としてしまって何もできませんでした。
もっと自分がしっかりしていれば、誰かを助けることができたんじゃないだろうか・・・とよく考えます。
今、同じような災害が起こったとしても、何ができるかわかりませんが、あの時のことを思い出して、自分ができることを果たしたい、そのためにも日頃から備えをしておきたいと思います。

昨年1月17日に防災食として購入しました。

昨年1月17日に防災食として購入しました。


(以上は、震災20年となった7年前に初めて自分の体験をSNS上で綴った内容を書き直したものです。)

お伊勢さんに行ってきました。

新年あけましておめでとうございます。

生産部門のコヤケです。

昨年の 大晦日、 伊勢神宮に参拝させていただきました。

20220110050930

 

 

 

 

知らなかったのですが 正式には「神宮」というそうです。

「神宮」は内宮、外宮をはじめ 別宮など

125の宮社全てをふくめて「神宮」というそうです。

20220110051003

20220110050752

 

 

 

 

五十鈴川です。

小学生のころ修学旅行が伊勢神宮でした。

その頃は五十鈴川に大きな鯉が沢山 泳いでいたのを覚えています。

内宮の別宮の一社 伊雑宮(いざわのみや)のお参りしました。

近くにうなぎ屋さんがあり

その建物は 昭和4年に 旅館として建築されてそうで

木造2階建の趣のあるお店で

国の登録有形文化財に登録されているそうです。

20220110051306

 

 

 

 

参宮客で賑った往時の風格を残しています。

写真が小さくて見えていませんが右側の建物です。

鰻は今まで食べて中で一番おいしかったです。

20220110050730

 

 

 

 

本年の干支は壬寅(みずのえとら)「水の兄(みずのえ)」は大河を象徴する命の源で

寅は「演(のぶ)」に通じ、伸ばし建てる意だそうです。

小さなことでも良いので日々トライして少しでも成長たいと思います。

20220111072050

 

2021年度の年賀事業総括

当社の主力事業である年賀事業が、「寒中見舞い印刷サービス」を残して、ほぼ終了しました。

結果は、前年と比較して「総受注件数107%」「総受注枚数103%」「総受注金額101%」「総受注粗利益96%」でした。年賀はがきの発行枚数の減少状況を考慮すると十分に健闘したと思います。

otayori

因みに、日本郵便によると、2021年発行・2022年用の年賀葉書の発行枚数は、18億2536万枚で、2020年発行・2021年用の19億4198万枚と比較して、6%減少したようです。ピークは2003年の44億5936万枚だったようで、驚くことに6割近く減少したことになります。

年賀状じまい(終活年賀状)をされる方が増えているのは寂しい限りですが、支持してくださるお客さまの存在が社員をはじめ私自身の励みになっています。

来年の干支は「うさぎ」です。

もっとも売れる干支です。

既に、「卯年」のデザイン作成は進んでいますが、多くの方に「これからも年賀状を出そう!」と思ってもらえるようなサービスを提供できるように頑張ります。

 

大阪最北端の駅

こんにちは。開発部門の松井です。
コロナも少し落ち着いていた今年のお正月は、1日だけですが実家で過ごしました。
実家といっても同じ大阪なので、ちょくちょく寄ったりはしているのですが、今回はみんなで散歩に出掛けました。

小学生の頃、家の最寄り駅(もうちょっと都会?)から電車に乗って1駅、この駅まで行って学校へ通っていました。

IMG20220103154322

当時は普通の古い駅だったと思うのですが、いい感じのレトロな駅にリニューアルされていてびっくり、そして「大阪最北端の駅」と書かれていて、そういえば、ここより北には電車はないな・・と改めてびっくりしました。大人になって「どこに住んでるの?」と聞かれたら、「大阪の北の方」といつも答えていたのですが、それも正しい答えだったと今改めて思いました。

IMG20220103154419

この駅から学校までの道がすごい坂道の田舎道で、妹と息切れしながら登りましたが、昔はきっと元気に毎日通っていたのだと遠い日の思い出が蘇る・・かと思いましたが、妹の方がここに大きなカエルがいて怖くて通れなかったとか、昔ここは池だったとか、いろんなことを詳しく覚えていました。

IMG20220103155416

駅前に昔からあるお店(妹の同級生の家だったはず)で「ヤーコン」という野菜が売っていて、妹と母は知っていましたが、私は初めて見たので、買ってみました。
「イヌリン、ポリフェノール、カリウムを豊富に含み、整腸作用やアンチエイジング等、生活習慣病に勝てる健康野菜、スーパーフード」今晩のおかずに食べてみようと思います。

IMG20220108122522

そして、たくさん歩いたおかげで、アーツの歩くイベントで、その日の一瞬かもしれないですが総合5位ぐらいになれたのが、今年最初のいいことでした。今年も1年、皆様にとっても良い年になりますように。

子連れで2年ぶりに実家に帰省した話

新年明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

20220106033630

新年一発目のスタッフブログということで少し緊張しているマーケティング部門の金城です。

年末年始、皆さまいかがお過ごしでしたでしょうか。

私はといいますと、子ども(5歳・3歳)を連れて2年ぶりに実家に帰省していました。

5歳の息子は娘が生まれる前に新幹線に乗ったことはあったのですが、もちろん記憶などないので本人的には初めての新幹線ということで大興奮でした。

3歳の娘も初めての新幹線に大喜びで2人ともホームに着いた時点で大はしゃぎ。

新幹線に乗ってからも興奮は続いたままで、とにかく乗っていた車両で一番うるさかったと思います。

「声を小さく!」「静かにね!」って何回言ったか・・・(怒)

幼児には全く聞こえていないようでした(笑)

最終手段として持参していた飴やグミなどのお菓子を食べさせて黙らせるしかなかったという・・・。

普段、子どもたちが乗るのは地下鉄なので新幹線から外の景色が見えるのが新鮮なようでした。

岐阜あたりを通る際には、大阪市内では滅多に見ることができない雪景色を見ることができました。

「これが雪だよ~」と説明してあげると「うわ!すごい!」と言ってしばらく雪景色に目を奪われていた兄妹が印象的でした。

20220106034438

田舎の家感丸出しの実家にてもぐもぐタイムの兄妹。

実家に着いてからは子どもたちは従兄弟や姉夫婦・実母にかまってもらい、私はゆっくり過ごすことができました。

家にいるときは

「ママー!おしっこー!」

「ママー、あそぼー!」

「ママー、こっちきて~」

「ママーお菓子食べたい~」

「ママー!ママー!ママー!」

と3秒ごとに呼ばれるので、自分の用事は何もすることができません(笑)

今回は私自身もリフレッシュすることができたのが何よりも嬉しかったです。

子どもたちは思う存分遊び、おもちゃを買ってもらい、食べたいものを食べ、お年玉をもらい(私がしっかり回収しましたが)、いつもと違う体験をしました。

普段は見まくっているYouTubeもほとんど見ることなく4日間を過ごしたのにはビックリ(笑)

コロナ禍になる前には夏と冬の年に2回は帰省していましたが、コロナ禍で久々の帰省となった今回の子連れ旅は私にも新しい発見が多くありました。

20220106034059

また、以前のような日常に戻ってくれることを願うばかりです。

ちなみに、大阪に戻る際の新幹線では2人とも即寝でした(良かったー!)

 

年末のご挨拶

本日12月30日で、当社の大多数の社員は業務を終了します。有り難いことに、顧客対応部門と生産部門の一部は、年末年始も休まずに年賀状印刷サービスに取り組んでくれます。

『コロナ禍をチャンスと捉え、守りより攻めの一年とする』

上記を基本方針としてスタートした一年でした。新規事業に積極的に投資し、人材採用を加速させました。新に、22名の社員を迎えられたことは、大きな成果です。来年以降、貴重な戦力に育ってくれるはずです。

2022年が、どのような一年になるかは分かりません。はっきり言えるのは、どのような変化に遭遇しても、柔軟に、且つ、前向きに力を合わせて切り開いていきます。

今年一年、大きな事故や問題もなく終われたことに感謝しております。

ありがとうございました。

HAKURAショールームは一足先にお正月

HAKURAショールームは一足先にお正月

 

我が家の年賀状2022 -今年は完全データ入稿に挑戦!-

こんにちは。
開発部門改め、マーケティング部門の吉岡です。
10/16付で異動になりました^^

さてさて、年の瀬です。
みなさん、年賀状はもう投函されましたか?
我が家はなんだかんだで昨日やっと無事に投函できました^^;
まだまだコロナ過が終息していない状況でありますが
何とか元気でやっていることを年賀状で伝えられたらと思っています。

結婚してからいただいた年賀状は
こんな感じで年毎にファイルにまとめています。
1230_yosioka01

そして、去年までの我が家の年賀状たちの一部。
1230_yosioka02

2年前までは自宅PCで年賀状を作成し
宛名印刷まで自分で全てやっていたのですが、去年は当社が運営する

「おたより本舗 年賀状印刷の専門店」

で注文しました!

5年連続、ネット通販受注件数第1位の実績をもつ当社自慢の年賀状印刷サイト。
安くて早いときて、さらに宛名無料と言われたらこれはもう頼むしかないですよねw

で、たくさんある素敵なデザインの中から私が選んだのが コレ↓
1230_yosioka03

コロナ過でも元気です!って思いを込めて。
おたより本舗は無料で使える可愛いスタンプがたくさんあるので、
その中からマスクした牛さんと一筆書き込むスペースのための吹き出しの
スタンプでアレンジしました♪

こちらのデザイン、2022年バージョンもありますよ。
P4081E_T_A01_base_03 デザイン番号 P4081
どんな用途にも使えるし、シンプルでオシャレなのでおすすめです☆

毎年、めちゃくちゃ時間かけて自作してたのに、可愛い年賀状が簡単にできて、すぐに届くなんて…
自社サイトに今さらながらあっぱれ。

そして今年。
去年登録した宛名情報もあるし去年よりさらにお手軽で簡単だ!と
どのデザインにしようかとデザイン一覧をスクロールスクロール…

可愛いのあり過ぎて、お気に入りがいっぱいに^^;
どれにしようかと考えに考えた結果

そうだ、今年は「完全データ入稿」を経験してみよう!との結論に達しました。

それから前々から何となく考えていた構想を膨らませ写真をパシャパシャ。
自宅PCでカタカタとデザイン作成。
そして、改めて「完全データ入稿」のページを熟読。
ふむふむ。
サイトを作成する側だったけど、いざ自分がユーザーとなって
注文するとなるとなんだか見え方が違うものです。

とくにつまづく事もなく無事に注文完了!
夜遅くに注文しても2日後には手元に届いてました♪ 仕上がり、かなり満足です。

どんな年賀状になったかは、届いた方のみが知るところですw

ちなみに、我が家の子供たちは
名前を続けて書くと「希望」という言葉で繋がります。

年賀状離れが囁かれる中
我が家はこれからも「希望」をお届けしていこうと思っています。

チラッとメイキング↓
1230_yosioka04

 

 

年末年始も休まず営業!
other_ne

寒中お見舞いをお探しの方はこちら。
other_km